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傷は乾かさないほうがいい?― 皮膚科専門医が解説する「湿潤環境」の考え方 ―

傷は乾かさないほうがいい?― 皮膚科専門医が解説する「湿潤環境」の考え方 ―

「傷は乾かしたほうが早く治る」

そう思っている方は今でも少なくありません。

しかし現在の創傷治療では、傷は乾かさずに保つほうが治りやすいと考えられています。

これは「湿潤療法(moist wound healing)」と呼ばれ、世界的に標準的な考え方です。

なぜ乾かさないほうがよいのか

傷ができると、体は自然に治そうとします。

このとき傷の表面には次のような成分が含まれた「滲出液」が出ます。

  • 成長因子
  • 白血球
  • 細胞修復に関わるタンパク
  • サイトカイン

これらは創傷治癒を促進する重要な環境です。

傷を乾燥させてしまうと、

  • かさぶた形成
  • 細胞移動の阻害
  • 治癒の遅延
  • 痛みの増加

が起こります。

つまり、かさぶたは「治っている証拠」ではなく、

治癒を遅らせることがある構造なのです。

湿潤環境で起こること

Screenshot

適度に湿った環境では、

  • 表皮細胞の移動が促進される
  • 炎症が抑えられる
  • 痛みが軽減する
  • 瘢痕形成が少なくなる

といった利点があります。

Winterの古典的研究では、

湿潤環境では乾燥環境の約2倍の速さで上皮化が進むことが示されています。

ただし「何でも湿らせればよい」わけではない

重要なのはここです。

湿潤療法は以下を守る必要があります。

適切な管理が必要

  • 感染徴候がないこと
  • 適切な洗浄
  • 過剰な滲出液のコントロール
  • 正しい被覆材の使用

感染創や壊死組織がある場合は別の対応が必要です。

つまり、

湿潤療法は「放置療法」ではありません。

日常の小さな傷の場合

家庭での基本対応はシンプルです。

  1. 水道水で十分に洗う
  2. 清潔を保つ
  3. 被覆材で保護する
  4. 不要に乾燥させない

消毒を繰り返す必要はありません。

傷は乾かさない?でも保湿剤は塗らないで

外来でときどきこんな場面があります。

「傷は乾かさないほうがいいと聞いたので、保湿クリームを塗っていました」

実際に、擦り傷に保湿剤(スキンケア用クリーム)を塗って来院された患者さんがいました。

これは一見正しいように見えますが、少し違います


湿潤療法と保湿剤は別のもの

湿潤療法は
「傷をうるおった環境に保つ治療」
であって、保湿剤を塗る治療ではありません。

保湿剤は本来、

  • 乾燥した皮膚
  • バリア機能低下
  • 皮膚炎の予防

に使用するものです。

つまり
“皮膚”に使うものであって、
“創部”に使うものではありません。


なぜ傷に保湿剤はよくないのか

理由はシンプルです。

保湿剤は創傷治療を目的に作られていません。あくまで表皮がある皮膚に使用するもので、表皮表面の角層を保護したり水分を与える目的のものです、

創部に使用すると次の問題が起こることがあります。

  • 細菌増殖のリスク
  • 創部を手で直接触ることによる物理的刺激で悪化させるリスク
  • 滲出液のコントロールができない
  • 創面観察が難しくなる
  • 接触皮膚炎の原因になる

創傷環境の管理という点では適切ではありません。

まとめ

現在の創傷治療の基本は次の通りです。

  • 傷は乾かさない
  • かさぶたを無理に作らない
  • 湿潤環境を保つ
  • 清潔に管理する
  • 適切な外用剤や被覆材を使用する

この考え方は擦り傷や切り傷だけでなく、

熱傷や術後創管理にも応用される重要な概念です。

身原 京美

執筆者

身原 京美

院長 / 身原皮ふ科・形成外科クリニック

当院は広島で皮膚科専門医と形成外科専門医が診療を行う専門クリニックです。

皮膚科の新しい治療を積極的に取り入れる一方で、高齢者医療にも長年携わってまいりました。また、院長は2人の娘を持つ母として、赤ちゃんからお年寄りまで、幅広い年代の患者さんに対応しております。女性としての視点を活かし、シミやシワなど整容面のお悩みにも親身にお応えするクリニックを目指しています。

皮膚のお悩みは、お気軽にご相談ください。

取得資格

日本皮膚科学会認定専門医 抗加齢医学会認定専門医 日本褥瘡学会認定褥瘡医師 医学博士 日本熱傷学会学術奨励賞受賞 国際熱傷学会誌BURNS outstanding reviewer受賞